2014年4月22日火曜日

就職活動におけるrealismとidealism



既に終わっている就職活動を言い訳に研究から逃げることもそろそろできなくなってきたところで、
忘れない内に就職活動に関して振り返りメモを。

とりあえず今回は就活におけるrealism(現実主義)とidealism(理想主義)について。
就職活動自体をどう捉えるか、メタ的なお話。

就職活動をしているとこのどちらかに極端に偏った学生が結構いて、話を聞いているとなかなか面白い。
ちなみに、就活で陥りやすい典型的な思想に勝手に僕が名前を付けただけで、政治学におけるrealismとidealismとは全く関係ない。


極realismの学生たち

就職活動は戦争である。
某掲示板の就職偏差値ランキングを逐一チェックしながら「自分はどこまでの企業に内定を貰えるのか?」「周りの人間に馬鹿にされないためにはどこに入るべきなのか?」と考える。
特に外資系金融内定者は神と崇められる。

勝者は敗者を徹底的に馬鹿にする。
「あーあいつね。確かに頭はいいけれど、企業はそんなとこ見てないから。」

敗者は悲惨である。
精神的に追い詰められ、コンプレックスを抱えながら望まない企業に入社する。
必死に努力し逆転を狙うか、それに耐えられない人間は「人生は勝ち負けじゃない」と開き直ってidealismに移行する。

後輩への就活アドバイスは「企業が求める人材を演じることが大事。就活は社会人のプレ体験でもある。臨機応変に対応できない人間は社会でも役に立たない。」

idealismを「お遊び勘違い野郎」と罵る。


極idealismの学生たち

就職活動は出会いである。
”やりたい”仕事につくことが大事である。
好きな言葉は「成長」で、異常なまでに大企業を嫌い、ベンチャーを好む。
なぜなら、大企業では歯車として働くことが求められ、若いうちは下積みとしてくだらない仕事しかできないからである。それならば若いうちから裁量を与えられ、「自分で考え動く」ことが求められた方が成長できるので、ベンチャーにいくべき、と主張する。

後輩への就活アドバイスは「自分を偽りなく表現することが大事。偽って内定を貰っても後々合わなくてしんどいだけ。君に合った企業はきっと評価してくれる」

realismの人間を「本質が見えていない」と罵る。


何が言いたいか

当たり前のことだけれど、これから就活をする人は先輩の話を鵜呑みにしない方がいいよ、と言いたくて、就活を終えた人達は後輩たちに「あーすべきだ」「こーすべきだ」と”ありがたいお言葉”を投げかけるけれど、所詮働いてもいない学生な訳で、そういう一般論は思考の材料程度にとどめておくのが吉だと思う。

就職活動をしていると本当に沢山の「綺麗ごと」に出会う。

例えば、「裁量権と成長」についてだけれど、「若いうちに裁量権が与えられる」っていうのは逆に言えば「若いうちに裁量権を与えても支障ない責任レベルの仕事」だと考えられないだろうか。
少しのミスが日本経済を揺るがすPJの1構成員と1ゲームアプリの開発責任者とどっちが成長できるの?といわれたら正直微妙なところだ。
要は我慢したくないんでしょ?言うこと聞きたくないんでしょ?と思ってしまう。

このように、「いやいや、そうとは限らないでしょ」って話がさも当然のように蔓延る。

悩みに悩んだ上でrealismないしはidealismになるのは良いと思うけれど、
折角時間をかけて自分自身を見つめなおすチャンスなんだから、鼻から決めつけ、盲目的になって視野を狭めてしまうのは勿体ない。

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